東京地方裁判所 平成11年(ワ)16971号 判決
原告 A
被告 東京都
右代表者知事 石原慎太郎
右指定代理人 西貴久
石澤泰彦
木村俊治
今西好
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は、原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告に対し、金三〇〇万円及びこれに対する平成一一年五月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は、被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文と同じ。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告は、平成一一年五月一四日午前零時三〇分から午前二時ころまでの間、警視庁池袋警察署(以下「池袋署」という。)三階診療室において、池袋署留置係B(以下「B」という。)他二名から、「てめえの様な奴は、警察がどんなところか思い知らせてやる」などと申し向けられ、入室と同時に眼鏡を外された上、顔面殴打、羽交い締め、足蹴りなどの暴行を受けた。
原告は、右暴行により内出血、左眼視力障害、左足小指の爪剥離出血裂傷、右足脛打撲傷などの傷害を受けた。
2 原告は、平成一一年五月一四日午前八時三〇分ころ、池袋署刑事課捜査係長C(以下「C」という。)に対し、原告の勤務先である訴外イースタンエンジニアリング株式会社(以下「訴外会社」という。)への連絡を願い出たにもかかわらず、Cは、これを放置して訴外会社への連絡を同日午後二時ころまで行わなかったため、訴外会社の業務に重大な支障を及ぼすことになり、原告は、その責任をとって、同月二〇日退職を余儀なくされた。
3 原告は、本件暴行による傷害及び失職により、精神的苦痛を受けており、これを慰謝するには、金三〇〇万円が相当である。
4 よって、原告は、被告に対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき、金三〇〇万円及び不法行為の後である平成一一年五月一五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実は、否認する。
原告は、平成一一年五月一四日午前零時二〇分ころ、公務執行妨害罪により現行犯逮捕され、池袋署に引致された者である。
Cは、刑事課取調室において、原告の取調べを行おうとしたが、原告が酩酊状態にあって取調べに応じようとしないので、取調べを行うのは無理と判断し、原告を池袋署留置場に留置することとした。そこで、Bは、同日午前二時四五分ころ、診療室において、池袋署留置係D(以下「D」という。)と共に、原告に対し、危険物等の所持の有無を確認するための身体検査を行った。Bは、原告に対し、身体検査のため衣服を脱ぐように申し向けたところ、原告は、興奮して「やれるものならやってみろ。俺はやくざだ。」などと大声でわめきたて、いきなりBにつかみかかろうとしたため、Bが原告の左手首を、Dが原告の右手首をそれぞれつかんで制止した。原告は、さらに大声を出し、暴れようとしたが、Bらが原告を診療室内の長いすに腰かけさせたところ、徐々に原告の興奮状態がおさまり、自ら衣服を脱いで身体検査に応じた。Bらが、原告の身体検査を行ったところ、原告の左足靴下に乾いた血が付着し、原告の左足小指の爪が剥がれかけて出血した痕が認められたが、その他の外傷はなかった。原告は、身体検査を終了した後おとなしく留置場に入り就寝した。
以上のとおり、Bらは、診療室において、原告に対し、暴行を加えた事実はないし、仮に、原告の主張する傷害が、Bらが原告に対して行った身体検査の際に生じたものであったとしても、原告が身体検査を実施しようとしたBらに対しつかみかかり、同人らがこれを制止したにもかかわらず、さらに暴れようとした過程において生じたものと考えられるから、Bらの有形力の行使は、必要かつ相当な行為であって、違法性が存しない。
2 同2の事実のうち、原告が、平成一一年五月一四日午前八時五〇分ころ、Cに対し、原告の勤務先である訴外会社への連絡を願い出た事実は認め、その余の事実は、否認する。
Cは、訴外会社の代表取締役吉野隆に対し、原告を逮捕して留置している旨を電話連絡した。吉野は、右連絡を受けて、同日午前一一時ころ、池袋署を訪れた。
3 同3の事実は、否認する。
理由
一 請求原因1の事実について
1 証拠(甲一、二、三の1ないし5、乙六、七、原告)によれば、原告は、平成一一年五月二二日当時、左目打撲、眼瞼皮下出血、左足打撲擦過傷、右下腿擦過傷の各傷害を負っていたことが認められる。
2 そこで、原告が右各傷害を何時の時点に負ったかを検討するに、原告本人は、平成一一年五月一四日深夜、公務執行妨害罪で現行犯逮捕され、池袋署に引致された後、池袋署三階診療室において、Bから「てめえのような奴は、警察がどんなところか思い知らせてやる。」と言われていきなり手拳で左目の上を殴られ、その後も、Bを含む三人の警察官から数回にわたって殴打や足蹴りにされたり、小突き回されるなどの暴行を受けた結果、前記各傷害を負った旨供述しており、原告本人の右供述の信用性について判断する。
(一) まず、証拠(甲五、乙一、八ないし一三、証人C、原告)によれば、次の事実が認められる。
(1) 原告は、平成一一年五月一三日午後六時三〇分ころから、東池袋の赤提灯でビール中瓶一本と日本酒七、八合を飲んで酩酊状態になった上、同日午後一一時ころ自転車で他の店に出かけたが、「パセリ」という飲み屋の前を通りかかったとき客引きの訴外石井勝巳(以下「石井」という。)と口論して喧嘩となり、石井に首を絞められて抵抗するなどした。
(2) その後、原告は、石井に連れられてタクシーで、東京都豊島区東池袋一丁目三四番一号警視庁池袋警察署六つ又交番前に行き、同交番前の路上で、再び石井と口論になってもみ合いになり、石井から足蹴りにされるなどしたが、これを止めに入った同交番勤務中の警察官E(以下「E」という。)に対し、原告は、その制服を引っ張ったり、何度も足蹴りをするなどした上、携帯していた無線受令機のイヤホンをもぎ取ったりして暴れたため、原告は、同人により、同月一四日午前零時二〇分、公務執行妨害罪の被疑事実により現行犯逮捕され、六つ又交番に連れて行かれた。
(3) 原告は、交番内に入ってから、Eが座らせようとしてもなかなか座ろうとせず、机を蹴飛ばしたり、椅子を蹴飛ばしたりしていた。
その後、原告は、パトカーでEらにより池袋署に連れて行かれ、同日午前零時五五分ころ、同署の捜査係長であるCに引致された。
(4) Cは、同日時ころから原告の取調べに当たったが、原告は、かなり酩酊しており、机の上を手挙で叩いたり、そっくり返ったりして、取調べに応じようとしなかったので、同日午前二時四五分ころ、原告を留置場に入れるために留置係長Bと留置係Dに引き継いだ。
右に認定した事実によれば、原告は、飲み屋「パセリ」前の路上及び六つ又交番前の路上で石井と喧嘩をしもみ合いになっており、また、六つ又交番の前路上ではEに対し足蹴りにするなどの暴行を加え、現行犯逮捕されるときに暴れており、さらには、六つ又交番及び池袋署においても机や椅子を蹴飛ばしたり、手挙で机をたたくなどの行為に及んでいるのであるから、右のいずれかの時点において、原告が1に認定した傷害を負った可能性が否定できない。
(二) 次に、平成一一年五月一四日午前二時四五分ころ、Cから原告の身柄を留置場に入れるために引き継いで、池袋署三階診療室で原告の身体検査に当たったBは、次のとおり供述ないし陳述(乙二)し、Bと共に原告の身体検査に当たったDも同様の陳述(乙三)をしており、右供述及び陳述内容は、原告の前記供述内容と異なったものとなっている。
(1) BとDは、平成一一年五月一四日午前二時四五分ころ、Cから原告の引き継ぎを受け、原告の身体検査を実施するため原告を池袋署三階の診療室に連れて行った。
(2) Bは、診療室において、原告に対し、服を脱ぐように言ったところ、原告は、「おれはやくざだ」「やれるものならやってみろ」などと大声で叫び、指示に従わなかった。
そこで、Bが、原告に対して、服を脱ぐように更に厳しく言ったところ、原告が、Bの襟首をつかむように向かってきたため、Bが両手で原告の左手首をつかみ、Dが両手で原告の右手首をつかんで制止したが、原告が大声を上げて暴れたため、留置場内で見張り勤務をしていた、池袋署留置係F(以下「F」という。)も駆けつけ、Fが、手を振り解こうと抵抗する原告の肩を押さえ、「静かにしろ」などと原告に申し向ける一方で、Bらが説得に当たったため、原告はおとなしくなって、身体検査に応じた。
(3) Bらが原告に対する身体検査をした結果、原告の左足小指の爪が剥がれかかって出血し、靴下の左足小指部分に血が付着していること、原告が所持していた三個の眼鏡のうち、一個の眼鏡のフレームが壊れているのに気づいた。
(三) 一方、原告本人の供述の信用性自体を検討するに、証拠(乙一〇、一一、一三、原告)によれば、原告の普段の酒量は、ビール中瓶一本、日本酒一、二合程度であるが、平成一一年五月一三日には、原告は、ビール中瓶一本、日本酒七、八合を飲んで相当の酩酊状態にあったこと、そのため、原告は、刑事事件の被告人質問においても、当法廷の供述においても、酒を飲んだ飲み屋を出た時間やそこで料金を支払ったか否かの点、その後石井の店に飲みに行った否かの点、原告が石井と共に六つ又交番に行った理由、石井と喧嘩になった内容とその原因、警察官に暴行を加えた内容とその原因について、いずれも記憶していないと供述していることが認められるのであり、右事実からすると、原告本人の池袋署三階診療室においてBらから暴行を受けたとの前記供述自体、さほど信用するに値するものとは考えられない。
(四) 以上の検討によれば、原告には、池袋署診療室に入る以前に既に傷害を負った可能性が否定できないこと、原告本人の供述を否定するB及びDの供述及び陳述が存在すること、原告本人の供述自体も原告の当日の酩酊状態を考えると、さほど信用に値するものでないことを併せ考えると、前記1に認定した原告が傷害を負った事実と前記2の冒頭に記載した右傷害が池袋署三階診療室においてBらから暴行を受けた結果生じたものであるとの原告本人の供述によって、いまだBらの暴行の事実を認定することはできないといわなければならないし、他に右事実を認定するに足りる証拠は認められない。
3 なお、付言するに、B及びDの供述ないし陳述を前提にすると、原告が診療室における身体検査の際、これを拒否して暴れたため、B、D及びFにおいて、原告が暴れるのを押さえて身体検査を実施するために有形力を行使した際に傷害が発生した可能性を必ずしも否定できないが、仮に右事実があったとしても、Bらの行為は、原告が暴れたのを押さえるための正当な行為といえるから、右行為に違法性は存在せず、これが不法行為を構成するということはできない
二 請求原因2の事実について
証拠(乙一、五、証人C)によれば、Cは、平成一一年五月一四日午前八時三〇分ころから始めた原告の取調べの際、原告から原告の勤務先である訴外会社に連絡をするように依頼を受けて、同日午前九時ころに訴外会社に電話して原告が池袋署に留置されている旨告げたこと、訴外会社の代表取締役であった吉野は、右連絡を受けて、同日午前一一時ころ、原告に面会するために池袋署に赴いたことが認められる。
右事実によれば、Cは、原告からの申出を受けて速やかに訴外会社に連絡したと認められるから、訴外会社への連絡を同日午後二時ころまで放置したとの原告の主張は、理由がない
なお、原告は、訴外会社への連絡が遅れたため同社の業務に重大な支障が生じた責任をとって退職を余儀なくされた旨主張するが、本件全証拠によるも、訴外会社の業務に重大な支障が生じた事実及び原告が訴外会社を退職したのは訴外会社の業務に重大な支障が生じたためである事実を認めることができない。
三 以上によれば、原告の本訴請求は、その余の点を判断するまでもなく、いずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 前田順司)